情報掲載日:2007年9月 1日
「吉田玉男を偲ぶ写真展」のお知らせ

文楽人形遣いの第一人者であった人間国宝・吉田玉男師匠の一周忌を機に、文楽写真家・河原久雄が、心を込めて選りすぐった玉男師匠の写真を展覧します。

(河原久雄氏HPはこちら

昭和、平成にわたる文楽界を支え続けてきた吉田玉男師。真摯な生き方と長年の修行と鍛錬によって培われた玉男師匠の等身大の姿をご覧いただき、上方文化・大阪の、日本の、世界に誇る伝統芸能「文楽」を、大阪と東京から世界へ向けて発信します。

(写真展公式サイト:http://s-kawahara.com/bunraku/


【吉田玉男 プロフィール】

大阪生まれ。1933年、"実力の世界"に惹かれ14歳で文楽入り。太平洋戦争に出征し、戻ってきた文楽界は労働争議で分裂していた。人手が足らな いため、大役を任される幸運に恵まれる。1955年、日本のシェークスピアともいわれる近松門左衛門の名作「曽根崎心中」にて徳兵衛役を、通算1136回 も演じて当たり役となる。

立役(男役)を極めた。たとえじっとしている演技でも、人形はあふれ出さんばかりの生気を帯び、気品ある端正な構え、無駄のない動きで登場人物の深 い内面を描写した。また、温厚で気さくな人柄に、女性ファンも多かった。1977年に人間国宝、2000年には文化功労者の栄誉に輝いたが、大名跡襲名を 勧められても、初名の「吉田玉男」のままで通した。第一人者でありながらも一徹の謙虚さをもちそなえた上方芸能の"星"であった。「"最近あんまり出てへ んなあ"と言われるような、静かな終わり方がええ」と晩年よく語り、その言葉通りの生涯を送った。

「文楽は人間の性根を表現するものだから登場人物の心の葛藤がちゃんと描かないとお客さんには伝わらない」。公演の役柄を理解しようとする飽くなき 探究心と抑制されて気品のある演技で人形に魂を吹き込もうと工夫を凝らし続けた。人形遣いに終点、完成はない、と最後まで現役を貫いた生涯であった。

※9月24日:吉田玉男師一周忌命日
※吉田玉男一周忌追善公演:9月8?24日(東京:国立劇場)/11月3?25日(大阪:国立文楽劇場)